「やりたいこと」を見失う自己重要感の罠。後ろ向きの努力、やめませんか?

金色の装飾が施された華やかな仮面が、窓辺の木製テーブルに置かれている風景

あなたは、誰かに自分の価値を認めてほしいですか?
 
あるいは、自分が重要な存在だと、自分で思っていたいですか?
 
……もしイエスなら、ちょっと注意が必要かもしれません。
 
というのも、その気持ちが強くなりすぎると、純粋な「やりたいこと」よりも、自己重要感を満たすための選択を優先してしまうからです。
 
自分ではやりたいことをやっているつもりなのに、なぜか心が満たされない。
 
もし、そんな感覚があるのなら、一度、自分の「努力の動機」を見直してみる必要があるかもしれません。
 

「やりたいこと」の動機に潜む、自己重要感の罠

自分が重要な存在でありたい、という願いは、多かれ少なかれ、誰もが持っています。
誰だって、自分が価値のない、つまらない人間だとは思いたくないし、人にも思われたくないですよね?
 
でも、その思いが強すぎると、あらゆる判断に影響を与えるようになってきます。
自分の重要性を確保することが、第一優先になってしまうんです。
 
これは無意識に行われるので、よほど注意深く内面を見ないとわかりません。
 
例えば、電車でお年寄りに席を譲る行為一つとっても、それが本当の優しさから来ているのか、自分の重要性を高めたい欲求から来ているのかは、よくわかっていない人が多いのではないでしょうか?
 
やりたいことに関しても同じです。
 
自分では、純粋にやりたいことを選んでいるつもりでも、実際は自己重要感を満たすための選択だったりするのは、よくあることです。
というか、たぶん、そっちの方が多いと思います。

  • 認められたい
  • 評価されたい
  • 好かれたい
  • 自慢したい
  • 自信を持ちたい
  • 一番になりたい
  • 優秀な人間になりたい
  • 立派な人になりたい

などなど。
 
これらの想いはおおむね、今現在の自己重要感が満たされていないことから来ています。
 
もし、これらの理由から、やりたいことを選んでいたとしたら、いずれどこかに歪みが出てくるかもしれません。
 

なぜ、どれだけ頑張っても心が満たされないのか?

実際、自己重要感だけで人生を走りきるのは、無理があります。
 
自己重要感への飢えは、基本的に内面の「満たされない想い」から来ています。
 
本当に内側が満たされていれば、わざわざ自分の重要性をアピールする必要なんてありません。
自分が価値のある人間だと、わざわざ言って回る必要はないわけです。
 
つまり、自己重要感への欲求というのは、言ってしまえばマイナスのエネルギーなんです。
 
マイナスをゼロにするための人生って、どこか空しく感じませんか?
人生はプラスのエネルギーに満たされてこそ、輝き出すものですよね。
 
でも、自己重要感に振り回されているうちは、そんな人生はなかなかやって来ません。
 
一時の達成感や充実感は味わえるかもしれませんが、その直後にむなしくなったりします。
あるいは、体を壊したり、人間関係に悩まされたり、心が病んだり……
 
見かけ上の達成の裏で、様々な問題に悩まされたりします。
 
自分では、やりたいことをやっているはずなのに、「なんか違う……」と思うようになるわけです。

終わりのない「後ろ向きの努力」とは?

例えばある人が、評価を得たり、自分の価値を高めるために努力して、何かを達成するかもしれません。 
よい収入を得たり、理想の伴侶に恵まれるかもしれません。
 
周りから見れば、その人の人生は完璧で、羨望の的かもしれません。
でもなぜか、その人自身の心が満たされない、ということが起こります。
 
自分では理由がわかりません。
 
とにかく心を満足させるために、さらに努力します。
さらなる達成を得ようとします。
 
自分が価値ある人間、重要な存在だと確信できれば、心に平安が訪れると錯覚してしまっているためです。
 
……でも、その努力は、根本的な解決にはなりません。
 
自分を後付けの評価で飾り付けようとしているだけだからです。
評価や称賛、成功を得るための努力には、ゴールがありません。
 
効果は一時的です。
達成し続け、評価され続けていないと不安になります。
だから一生、自己重要感を満たすために、努力をし続けることになります。
 
これは言ってみれば、「後ろ向きの努力」です。
 

他人の評価より、「魂の望み」を生きる

では、どうしたらいいんでしょうか?
 
選択肢は2つあります。
 
1つは、後ろ向きの努力を続け、評価と賞賛を得るために一生戦い続けること。
 
もう1つは、自己重要感に振り回されるのをやめて、魂の望みを重視する生き方にシフトすること。
 
魂の望みというのは、自分の心の奥から湧き上がってくる、「本当はこう生きたい」という願いのことです。
 
そこに向かう努力は、「自分の価値を証明するための努力」とは、出発点がまるで違うんですね。
 
どちらの努力を選ぶかは、その人の自由なんですが、私なら後者を選ぶことをお勧めします。
 
人間ですから、自己重要感を満たすことはある程度は必要なのですが、それが人生の目的になってしまっては、本末転倒だと思うからです。
 
評価を得るつもりが、いつの間にか評価の奴隷になってしまっては、悲しすぎませんか?
 

まとめ:あなたの努力は、何のためですか?

誰かに認められたいと思うこと自体は、悪いことではありません。
 
でも、その思いが人生の目的とすりかわってしまうと、「どれだけ頑張っても、いつまでも心は満たされない」という悪循環にはまってしまいます。
 
大切なのは、自分の価値を証明するための努力から、魂の望みを実現するための努力へと、人生の軸を移すこと。
 
マイナスをゼロにするためではなく、プラスを生み出すために生きるということです。 
その違いが、人生の幸福感を大きく変えていきます。
 
あなたが今、頑張っていることは、本当に心から望んでいることですか?
 
それとも、「価値のある人間」だと証明するために、頑張っているのでしょうか?
 
まずはそれを、自分の本心に問いかけてみてください。
 
 


 
 
もし、あなたが、

「他人の評価に振り回されず、魂の望みに従って、自分らしい人生を生きたい」

と感じているなら、無料動画でそのヒントを受け取ってください。